黒い食べ物
(8月8日)


  中国語で"黒"とは、怪しいとか不正なとか偽物とか、裏のとか、どろどしたとか、の意味に使われる。私が時々利用するのは団地にたむろしている黒車で、これは赤い車であるが白タクのことである。闇の社会を黒社会ともいう。中国は偽物が多い世界だから、黒いものがたくさんある。地方政府にも黒い部分があって、その幹部を扱ったドラマに、黒洞なんてのもあった。

  最近見た新聞記事に、黒い食べ物のことが出ていた。色が黒いのではなく、偽物でもないのだが、作り方が黒いのである。作り方がどんなに黒いかは後回しにして、その肝心の食べ物であるが、日本に無い物で、漢字も日本には無いので、説明しにくいが、トコロテン状のものである。中国人がよく食べるもので、庶民的な食べ物である。仮にトコロテンとすると、北京の郊外の某所にトコロテン村があって、そこでは専門にトコロテンが作られている。それを作っている所が驚くほど汚いので新聞記事になった。その記事によると、見た人でなければ信じれらないほど汚らしい光景であったとか。暗訪(つまりこっそり尋ねて)して、黒いトコロテンを作っている現場を探訪した記事である。

  書かれた記事を読んでいて、ほんとに気持ち悪くなってきた。作業所の周りには、化糞池(?、これは何だろう)があり、出来上がった食べ物の上にハエが層をなしてとまっているとか、石炭を掴んだばかりの手で、液の中に手を突っ込むとか、錆で黄色くなっている大鍋で米(原料は米なのか小麦粉なのか)を洗い、洗った後の水が、真っ黒であるとか、……・・  さらには水が不足すると、食器を洗った油だらけの悪臭紛々とした水で、鍋を洗うと書かれていた。出来上がったものは家の中の土間において置くので、風が吹けばゴミや埃、ハエの屍骸までもが入り放題なのだとか。場所は村の大雑院の中だと書かれている。側には露天のトイレと悪臭紛々としたどぶ川があり、大雑院の前にはごみの山があるのだとか。大雑院とは高い塀に囲まれた入り口が一つだけの区画で、その中は多分違法建築がびっしり建っているようなところを言う。そこをさらに細分化して、外地人(北京人ではない人)に貸しているのだと思う。スラムのような所だろう。

  新聞の見出しには"トコロテン村で黒いトコロテンを暗訪した"と書かれていたが、ここで作られるトコロテンは黒いわけではなく、白っぽのである。なぜ黒いかと言うと、作り方があまりに非衛生的であるからである。しかし黒い製造所とは、書かれていないのが不思議である。製造許可が有るかどうかは、問題にしていないようであった。どうもトコロテン状の物を作って売ること自体は違法ではないようである。記者が指摘していることは、食品衛生法に合致していない条件で、つまりあまりにも汚い所で食べ物を作っていると言うことであった。これを作っているところは、高々7u(2坪)くらいの部屋であって、"小作坊"と言われるらしい。名前はどうでもいいが、食べ物を作る所が無許可の所であっていいものだろうか。中国では包装されていない秤り売りの物がたくさん売られている。この記事を読んでしまうと、いろいろと心配になる。例えば私は秤り売りのキムチなどを買ってきて食べるが、これは無許可で作ってもいいのかもしれない。あのキムチは大丈夫なんだろうか。

  記事が問題にしている点は、食品衛生法には厳格な規定があって、原料とゴミとは置き場を決めてちゃんと分別しなければならないとか、消毒をする、通風を良くするとかハエを防ぐとかの規定もあるのに、ここでは化糞池(?)がすぐ側にある大雑院の奥で作られている。それもたった7u(2坪)程度の部屋で、作業者はここで寝て、食べて、作業していることを指摘している。さらに食品衛生法によれば、生産に携わる人は、健康証を持っていなければならず、常に衛生を保ち、手は洗って清潔にしなければならない、作業衣を着て、帽子も被る必要があると書かれているらしい。確かにここで作業する人が、赤裸で作業している写真があった。この点だけでも食品衛生法に違反している。中国の今ごろは、赤裸で食べものを作っている人が多い。裸でなくて作業服を着たとしても、法律と現状との差はあまりに凄すぎるのだが。

  赤裸でと言えば、別の黒い食べ物の記事を見てしまった。これは"注水鶏"と題された記事で、鶏肉を売る前に、一旦水に漬け、更には水を注射して、積み出す前にはもう一度水に漬けて重量を増やすものである。この記事の隠しカメラで撮った写真にも、裸の男が現われて鶏に水を注水していた。中国の鶏肉は一匹丸ごとで売る場合が多い。もちろん"注水猪"もある。これは豚に水を注水して、水ぶくれにして重量を増やした豚肉のことである。多分豚に注水するのも赤裸の男なのだろう。

  食品衛生法の通りに作れば、自由に食べ物作って売ってもいいというのも解せないが、以前の日本の、許可が要らない頃の豆腐屋と思えばいいのかもしれない。しかしかっての日本で、これほどまでに不衛生な環境で食べ物を作ってことがあるのだろうか。例え江戸時代の話だとしても、または違法な食べ物を作るにしてもであるが。日本で偽健康薬品を作るにしても、もっと衛生に気を使うのではないだろうか。話は違うが、中国の食堂で食べる時の皿が、使う前から脂ぎっていて、また濡れているのも気になることである。中国では出された皿を、自分で紙ナプキンで拭いてから使うのが常識みたいになっている。ビールを飲むコップが、油ぎっていることがあるのも、また気になることである。

  この黒い食べの物を作るのに、手作りであるところは日本の豆腐屋にも似ている。しかし衛生の面だけではなく、他にも大きく違うところがある。それは、日本の豆腐屋さんは豆腐を作る職人であり営業もする人であったりする。しかしこの"黒いトコロテン"状の物作る経営者は"老板"と言われるボスであって、作るのは、ボスの郷里から連れてきた労働者である。同じ手作りの食べ物と言っても、片方は職人が作り、中国では商売人が作らせるところが違う。ここの労働者の賃金は、二年未満の未経験者で二ヶ月(?)で5000円位とか(あまりにも低賃金)。例の"小作坊"の部屋での食・住付である。

  食べ物の作り方の汚さも凄いが、この問題の解決方法も凄かった。この記事が出た5日後に、250軒(部屋数かも)、2万u、約800人が住むトコロテン村が2時間位で、トラクターによって取り壊されて、平地になってしまった。新聞記事を見た北京市朝陽区政府がこの問題を重視して、下部の何とか県に指示したらしい。調査の結果違法建築であることがわかり、全部、直ちに取り壊しになったのだとか。元の記事を書いた記者が現地をを訪れると、住人が何年も住み慣れた家の家財を運び出す中、家が次々と倒されていったとか。この元の記事は北京晩報の記事で、書いた記者はある住民からの通報によって、あまりに不衛生な食べ物が作られていることを知って、記事にしたらしい。通報者も記者も、これは余り酷いと思って、この状況を何とかしなければと考えてかもしれないが、800人もの住民を追い払おうとまで考えたのかどうか。それにしても中国は凄い。行政のやり方がである。追い立てられた外地人は何処へ行ったのだろう。彼らは違法建築に違法居住であるから、食べ物の製造許可の有無を問わなくても、生産を中止させることは可能であったのである。