北京の釣魚台の料理
(5月18日)

  かの有名な北京の釣魚台で食事をする機会があった。日本の会社からの社長さんを接待する為に、会社としても結構無理をして張り込んだのである。その料理はとても美味しかった。美味しかったのであるが、あれはほんとに中華料理であったのだろうか。

  まず料理が一人分ずつの食器で出てくる。大皿にどかっと盛り付て、皆で突っつくような出し方ではない。料理の量は決して多くなく、食器の形も様々で、料理に合った食器が使われている。これは中国的ではない。料理の出し方であるが、一つを食べ終わると次ぎが出てくる。西洋料理などでは当たり前だが、中華料理では、何もかも一度にテーブルに並べる。特に東北辺りの料理になると、皿が皿の上に重なるほど一度に並べる。しかしここの料理はコースになっている。セットになっていると言うのか、つまり前菜はこれ、スープはこれ、主菜はこれと、組み合わせがあって、料理どうしのバランスが考えられている。そして食べる順序も決まっている。セットになっている料理は、日本料理でも当たり前の形式であるが、少人数で、いろいろなものを食べたい場合はとても便利である。中国料理を一人で食べる場合は、一種類の料理をげっぷが出るほど食べなければならない。

  中華料理では、コースとかセットとかの考え方が殆ど無いよいうである。中華料理の組み合わせは普通お客が選ぶ方式である、そしてそれを次々に出す。食べる順序などはあまり考えないらしい。中華料理の食べ方の順序というと、最後に主食を食べる程度かもしれない。中国料理にも涼菜とかいう前菜みたいなものがあるが、あれは何時までもテーブルに並んでいるから、前に食べると言う意味は無さそうである。そう言えば、北京辺りではお茶が始めに出てきて、終始ビールと共にお茶も出す。私などはビールとお茶は会わないと思うのだけれど。釣魚台の料理では、食後になってとても美味しいウーロン茶が出て来た。食後にお茶を出すのも、これも中国式ではないようである。

  以上のことは料理のサービスの仕方であって料理の味ではないが、その味の方も中華料理風ではなかった。普通中華料理に大量に油が使われるが、ここの料理は殆ど使われていない。その他にも中国料理特有の香辛料、例えば八角とか5香粉を使った形跡はない。まして舌が痺れてしまうような、四川料理に使う山椒のようなものは、全く使われていなかった。中国的香辛料と言えば、香菜がわずかに使われていた。最も中国的な料理は、フカヒレと乾しなまこと鳩の卵と、もう一つ何かが入った、"何とか四宝"と言う料理であった。この味も淡白な味であったが、他の料理の味も全てあっさりしていた。さすがに刺身は出なかったが、生の貝柱をさっと湯がいたような料理は、素材の味がそのまま生かされていて日本料理の味に近かった。招待した社長さんもフランス料理のようだと言っていたので満足されたようであった。本場の四川料理を出したとしても、美味しいと言ってもらえたかどうか。こちらの人が美味しいと薦める魚の頭の料理などは、結構高いが、私から見るとゲテモノっぽくて、味が刺激的である。

  何故、"釣魚台の料理が中国的ではない"と言うことにこだわるかと言うと、釣魚台という所が、中国を代表する超一流のところだからである。広大な庭園の中に独立した建物が散在していて、20位(はっきり覚えていないが)の宴会場があり、その中の18号楼と何号楼とかが、国賓用に使う建物だと言っていた。それくらいの中国を代表するような場所であるのに、何故本格的中華料理ではないのかなと思ったのである。やはり国際的には、中華料理より西洋化された料理の方が評価が高いのだろうか。それともあそこで食べた上品な味の料理が本格的中華料理であったのだろうか。

  国賓用にも使う釣魚台は、入り口からして凄い。立派な門の前で警備しているのは、軍隊の衛兵らしかった。事前に連絡しておくと、背の高い衛兵が乗用車の番号を覚えていて、黒塗りの自動車は止まらずに中に入れる。しかしタクシーでは中に入れず、広大な敷地の中を歩くことになる。中は静かな公園の様で緑がとてもきれいであったが、人影はあまりなかった。釣魚台の中は三つに大きく分かれていて(と聞いたような気がするが)そのなかの一つが釣魚台と言う場所で、そこにはもう一つの門があって釣魚台と言う額がかかっていた。これが本物の釣魚台の門である。門の中はまた広大な庭になっていて、確かに釣りが出来る池があった。釣魚台の門の中に更に幾つかの塀で囲まれた庭園があって、その各々に立派な門があった。

  私たちが利用したのは、"清露堂"と言う額を掲げた門を持つ庭園と建物であった。合計三つの門をくぐったことになる。その庭園は家が4、5軒も建つような敷地があり、大きな木が鬱蒼と茂っていた。その周りにぐるっと中国式回廊がめぐらされていた。庭の周りには幾つかの建物があって、お茶を飲む所と宴会の部屋は別の建物になっている。この大きな敷地を持つ庭を、一グループで占有して使うのである。

  宴会室の隣には調理室があって、何人かのコックさんが私達の為にだけ料理を作ってってくれた。サービスをしてくれるのは、この"清露堂"専任のウエイター一人と、ウエイトレスが二人であった。二人ともすらりとした美人で、特に一人は、モデルのような美人であった。記念にチャンと写真に撮ってきた。国営のせいかあまり笑顔はないが、このくらいの美人になると、笑わないのも却っていいかと言う位のものであった。

  因みに、料理の値段の方は一人800元(13,000円位)で、割り勘で食事すれば、目の玉が飛び出すと言うほどでもない。ビールは一本20元、お茶が一ポット30元だったと思う。こちらの値段は高級ホテルのレストランと殆ど変わらない。高かったのは持ち込みの葡萄酒の開栓代と言うか、サービス代で、これが全体の費用の15%とかで、1000元も取られた。一人分幾らという方式も中国的ではない。中国式では一皿幾らである。

  何故、葡萄酒を持ち込んだかと言うと、社長さんが葡萄酒好きだったからである。開栓料は高かったが、酒がぶどう酒だったのは正解であった。やはりこの上品な味の料理に、あの臭い中国の白酒は釣り合わない。宴会では私も中国の白酒に付き合うが本当は嫌いなのである。社長さんぐらいになると、率直な意見を言うから、臭い白酒は飲まないのである。

  私も時々はこのような中華料理でないような中華料理を食べたいものである。日本の友達を呼んで、一人当たり15000円位の割り勘で、釣魚台で宴会をやれたらと考えた。しかし黒塗りの車で乗り付ける為に、費用はもっと掛かるかもしれない。そして釣魚台を予約するには特別のコネがないと駄目なのである。友達の友達の友達のコネでは駄目かもしれない。