仏教徒への道・・・

◇ 仏教徒とは
 
誰のことでしょうか?
仏の教えを聞いて、それを信じ、実践して、仏になる人のこと、
少なくともそう言う人になりたい人のことでしょう。
今、日本中の檀信徒の方で自分が仏教徒であると自覚している人は
どの位いらっしゃるだろうか。
それどころか、お寺で生活している住職とその家族に同じ質問をした時
どういう返事が返ってくるか。
(先日3月1日付けの「クローズアップ現代」の番組では日本人の90パーセントの人が
自分は仏教徒である、と答えていたようですが、どんなものでしょうか?)
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◇再び、お寺の役割は
お寺が社会に役立つ活動の一つは、檀信徒をはじめ有縁の方々に
仏教徒になることを勧めることだと思います。

なぜなら、仏になると言うことは自律した、独立した人になる、ということだからです。
真の自己を確立した人がお互いに協力しながら生きていく社会、
そう言う社会を仏教は約束しています。
お寺はそのための道場としてあります。
トップの欄でも申し上げましたが、ここ勝胤寺では二つの目標を明確にしています。

 一、修養の場である。
 一、安らぎの場である。

安らぎの場としての機能は今も健在です。
葬儀・法事の儀式と墓地の提供です。檀家さんが「うちのテラ」と言う時は、
ほぼこのことを指しています。

しかし、修養の場としての在り方が問題です。
当山は、年間行事を見る限りよく頑張っている方かも知れません(自画自賛!)。
一つ一つの行事に参加するということは、仏の教えを修行することになります。
(その意味で、宗門では、行事に参加することを“行持”と表現します。)
残念ながら、ここ十年を見ても行持に出てこられる方は大体同じ方々です。
当然ながら、行持に参加するほどの檀家さんは、自分が仏教徒であることを
自覚されています。
オテラが社会からもっと積極的に受け入れられるために、今よりも多くの檀家さんに
仏教徒になって頂きたいと思います。
人と人とがもたれ合いではない、相互互助の自律した社会を形成するために、
お寺ができることは人間形成です。それが仏教の出来る、社会貢献の一つだと思います。

◇勝胤寺の布教活動
 そして、現時点で当山が実践していることは次の二つです。

 A.生前にお戒名をつける運動。
 B.一代限りのお墓の提供。

A.生前にお戒名をつける運動
◇誓願会
 お戒名を生前につける儀式です。
 主に檀信徒の方を対象に実施しています。今年のの2月20日に第二回目が行われました。
 仏教徒になる最短距離のコースです。詳細は、誓願会をクリックして下さい。
 お戒名を持つことで、人生を積極的に生きる道が開かれます。
 お寺を修養の場として、人生道場として活用する機会を提供したものです。

B.一代限りのお墓の提供
◇一代墓
 現在の境内墓地の一角に設定しています。
 少子化に伴い、墓地の後継者の確保が難しくなりつつあります。
 近親者(通常は夫婦)一代に限りご利用頂き、看取る方の意思を尊重して、
 後日お寺側で合同慰霊碑(共同墓地)に合葬する形態の墓地です。
 極めて小さな区画になりますので、無料での提供を考えています。
 但し、区画数に限りがありますので条件を提示するつもりです。
 特に、このコーナーの主旨の具現化となりますので、
 誓願会を受け仏教徒として余生をおくる覚悟のある方に限定させて頂きます。
 詳細は墓地をクリックして下さい。

※ホームページの記事は、今年に入ってから編集しています。
 時間的に前後する内容の記事がいくつか見られます。
 ご寛容下さい!