調 来助

 大正元年四月    福岡県立朝倉中学校(現:福岡県立朝倉高等学校)入学
 大正六年九月    第五高等学校(現:熊本大学)第三部入学
 大正九年七月    東京帝国大学(現:東京大学)医学部医学科入学
 大正十三年四月   同学、同部第一外科助手(二年半)
 昭和元年九月    同仁会北京医院外科医長(二年半)
 昭和四年四月    京城帝国大学大学第二外科助教授(八年間)
 昭和九年三月    医学博士の学位獲得
 昭和十二年五月   朝鮮金羅南道立光州医院長(五年間)
 昭和十七年四月   長崎医科大学第一外科教授(二十三年間)
 昭和二十年八月   長崎医科大学附属病院長(三年半)
 昭和三十年二月   海外出張(米、英、西独、佛、瑞、伊)(四ヶ月)
 昭和三十二年四月  原子爆弾被爆者医療審議会委員(十八年間)
 昭和三十三年十月  長崎大学医学部長事務代理(一ヶ月半)
 昭和三十七年一月  長崎新聞文化章受章
 昭和三十八年十一月 長崎大学医学部長事務代理(一ヶ月)
 昭和四十年三月   長崎大学教授定年退職
 昭和四十年四月   長崎大学名誉教授
 昭和四十年八月   健康保険諌早総合病院顧問(十七年半)
 昭和四十年九月   佐世保中央病院顧問(十六年半)
 昭和四十六年四月  勲二等瑞宝章受章
 昭和五十年六月   放射線影響研究所理事(八年間)
 昭和五十六年十一月 原子爆弾被爆者医療審議会専門委員(二年間)
 昭和五十八年七月  放射線影響研究所名誉顧問