「坂本龍一」プロフィール(幼少〜大学時代)

本名

坂本龍一
(さかもと りゅういち)

TMO時の担当

キーボード、ボーカル

生年月日

昭和271952)117

出身地

東京都

幼少時代

 幼稚園時代から譜面やピアノなどの音楽教育を受けて、早くも作曲を行っている。

小学校時代

 この時代、ピアノは習い続けるがごく普通の子供だった。
 5年生の時から芸大教授、松本民之助につき本格的に作曲の勉強を始める。

中学校時代

 バスケ部に入部。
  しばらくはスポーツ少年のため、ピアノはお休み。

 その後、ベートーベン「ピアノ協奏曲3番」に感動し本格的に作曲に取り組むようになる。
 もっぱらクラシック理論にのっとった作曲だったが、一方でビートルズをはじめとするリバプールサウンドなども聴いていた。

 サルトルやデカルトなどの哲学書をよく読んでおり高校時代の学生運動につながっていく。

高校時代

 新宿高校に入学すると、学生運動にのめり込んでいった。

高校をバリケード封鎖するなど、過激な活動を行っているが、高校1年の時、既に東京芸術大学に入れるだけの実力を認められていた。

大学時代

 東京芸術大学音楽部作曲科に進学。

アルバイト的にポップスを弾き始め、ライブハウスなどにも出るようになっていたが、飲み屋で知り合ったファークシンガー友部正人のアルバム「誰も僕の絵を描かないだろう」で1曲ピアノを弾き、これが彼にとっての初レコーディングとなった。

 同じ頃、大瀧詠一、山下達郎、伊藤銀次によるアルバム「ナイアガラ・トライアングル」に参加。ここで初めて細野晴臣と出会っている。

 この後、山下達郎と親しくなり、山下のりりぃのバックバンド、バイバイ・セッション・バンドをはじめとするいくつものセッションに参加。りりぃのアルバム「オーロイラ」ではアレンジを手がけ、アレンジャーとしても高い評価を受けている。

 山下達郎のバックバンドとして、日比谷野外音楽堂に出演した時、サディスティクスのドラマーとして参加していた高橋幸宏と初めて出会っているが、この時は両者ともあまり印象には残らなかったようだ。

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