大内田 茂士


 大内田画伯は、福岡県朝倉郡大福村(現在の福岡県朝倉市)大庭の乙王丸の生まれ。
 因みに管理人の父も同じ大福村大庭で大正9年3月29日に生まれている。画伯の方が7歳年上だが生家も近所で良く知っていたと言っていた。
 (良く知っていた筈で、後日、母に聞いた話では親戚とのこと、生家跡は管理人と同級生で幼馴染のたけちゃんが購入したそうだ)
 管理人が小学生の頃(昭和32年〜38年)、大福小学校(旧・大庭尋常高等小学校?)の正面玄関を入った左側に画伯の絵が常時展示されていた。今も展示されているのだろうか?
 大内田画伯が画家・浜哲雄氏と出会った頃、管理人の父は大庭尋常小学校(現・朝倉町立大福小学校)を卒業し、進学のため、叔父を頼って満州の撫順へ渡っていた。
 最後に、確か画伯が最後に住んでおられたのは東京都練馬区で、管理人も画伯の生存中にそれとは知らず、当地に住んでいた。
<余談>
 管理人の父は満州で撫順工業学校を卒業すると、昭和19年に召集されるまで、満鉄(南満州鉄道)の調査部で測量技師として資源調査の仕事をしていた。ある時、「本当は画家になりたかったんだ」と当時、小学生だった私に話したことがある。それも、大内田画伯の影響(或いは、DNA?)だったのだろう。この余談、未だ有るんですよ。知りたい方は、「あさくら掲示板」へどうぞ。