杷木地方の民話:けたくり地蔵

むかし、白木村に「米吉」ちいう男がおった。「米吉」の名前は、白木に「米ん山」ちいう、高(たこ)うして立派な山があるき、米吉が生まれた時、お父っちゃんとおっ母しゃんが、「米ん山んごつ立派な男になるように」ちいう願いから、「米ん山」ん「米」ちいう字をとって、「米吉」とつけたげな。

そんころ、「拝(おが)ん松」の野津手(のつて)八幡宮ん「放生会(ほうじょうえ)」ん日にゃ、宮相撲があって、力自慢の男たちがやって来て、相撲をとりよったげな。
米吉は親ん願いどおり、体は大きゅうなったばってんか、放生会ん相撲じゃ、いっちょん勝ったこつはなかったげな。

何とかして、いっぺんぐらや勝ちてえち思うた米吉は『困った時の神頼み』ち、今まで拝(おご)うだこつもなかった道端んお地蔵さんに手を合わせち、「お地蔵さんもし、どうかいっぺんでいいき相撲に勝たせっつかあさい」ちお願いしたげな。そりばってん、やっぱ負くるばっかりじゃったげな。

ある年の放生会ん日んこつ。「どうせ今年も負くるばっかりじゃろ」ち言いながら、下駄どんはいて出かけたげな。そん途中、お地蔵さんの前を通るとき、今まじ、いくらおごだっちゃ勝ちきらんじゃったこつを思い出し、腹が立ったき、力いっぱい、お地蔵さんを下駄でけたくって行ったげな。ところがなんと、そん日にゃ、もりもりと力が出て二人に勝ちきったげな。
帰りがけにお地蔵さんの前を通る時、「今日、相撲に勝ったつは、ひょっとしたら、お地蔵さんを下駄でけたくったきじゃなかろうか」ち思うたげな。

そりかりゃ、相撲をとりに行くときにゃ、必ず下駄でお地蔵さんを思いっきりけたくって行ったち。そうしたら、やっぱ何人も投げ飛ばしきったげな。そして、米吉は時々優勝まじするごつなったげな。
米吉は、このお地蔵さんを「勝仏様(かちぼとけさま)」ち言うこつにしたげな。
いつも負くるばっかりじゃった米吉が、ひょこっと強なったもんなき、誰(だり)でん不思議に思うごつなったげな。

そんうちに、米吉が相撲に勝つとは、「お地蔵さんを下駄でけたくるき」ちいう事(こつ)がわかってしもうたち。それも、お地蔵さんに遠慮せんで、下駄がはち割るるくれえけたくらにゃ効き目がねえちゆうこつじゃった。
こん話がどんどん広がって、相撲だけじゃのうして、将棋打(しょうぎう)ちやら博奕打ちやらも、筑後やら日田へんから、わざわざ白木まじ、お地蔵さんをけたくりにやって来るごつなったげな。

こげんして、多くの人たちからけたくられち、さすがの石のお地蔵さんも、とうとう顔も形も崩れっしもうち、ただん石ころんごつ、あわれな格好になってしもうたげな。
白木村の人たちゃ、お地蔵さんがかわいそうになって、誰にもわからんごつ、山ん中に隠してしもうたち。こうして、白木はやっとかっと、また、元んとおりの静けさを取りもどしたげな。
ところが、杷木にゃ今でっちゃ、白木に「勝ち仏」があるこつを知っちょる人がおって、選挙のときにゃ、候補者やら後援会の人達が、選挙に勝つごつお参りに行って、お地蔵さんを下駄でけたくりよんなさるげなばい。「すらごつ」ち思うなら行って見てんない。お地蔵さんにお供えした酒のビンやら、湯呑み茶碗やらが転がっちょりますばい。


あ、そうそう。【けたくる】ちゃ「蹴りたくる」で、「むちゃくちゃに蹴る」ち言うこつで、【すらごつ】は「嘘」のこつです。

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