千代島長者(ちよじまちょうじゃ)
 肝っ玉が太くて、どんな事にもびくともしないことで知られた、志波(しわ:福岡県朝倉郡杷木町)の千代島に住む斯波時勝(しわ ときかつ)は、髪の毛が逆立つような恐怖感に襲われ、ハッと目を覚まして跳ね起きた。
燭台の灯が微かに揺れる薄暗い部屋の中に、一人の女が、うつむいて座っているではないか。髪毛は水に濡れたように光り、肩から背中を通って、畳の上まで垂れ下がっている。肌は青白く、顔は光るような白さで、この世のものとは思われないほどの美人である。
「お前は何者だ。何故断りもなく黙って入って来たっ!」
時勝は、低いが鋭い声で言った。
静かに顔を上げた女は、低い透きとおった声で語り始めた。
「夜中、折角お休みのところを、驚かして申し訳ございません。何を隠ましょう。私は高山(こうやま)の渕に、長年棲み着いている大蛇の化身でございます。
 ご存知のように高山には大小二つの渕があり、いつも満々と水をたたえています。その渕の、下の大きな方が、私が昔から長く棲んでいる渕でございます。
ところが、近ごろ、上の小さい渕に、私よりも大きな大蛇が住むようになり、この大蛇が、『上の渕は小さくて、俺の体に合わんから場所を代われ』と言って、私を大渕から追い出そうと、毎日のように私を苦(しめるのでございます。住みなれた渕を取られて困りますので、強く断りますと、今度は私を殺そうと狙っています。
そこで、豪勇無双のあなた様に、この苦しみを知っていただき助けてくださるよう、真夜中ではございますが、姿を変えてお願いにまいったのでございます。あの憎い大蛇を退治して下さったら、そのお礼に、あなた様を千万長者にしてあげます。決して嘘は申しません。」
そう語り終えると、女の姿はあっとう間に時勝の前から消えてしまった。部屋の中は何事もなかったように、元どおり薄暗い燭台の灯が、ぼんやりと部屋を照らしているだけであった。
我に返った時勝が、何げなく女の座っていたあたりを見て、思わずぞうっとした。そこは、水がこぼれたように、びっしょりと濡れているではないか
 このことがあって以来、時勝は、あの晩の女の悲しそうな声と、「お礼に、あなた様を千万長者に・・・・・」という言葉が耳に強く残って、いつか大渕の大蛇を救ってやろうと決心した。
翌日から、お供の者に弓矢を持たせては、毎日、ほど遠からぬ高山に出かけた。
それから数日経ったある日のこと、上の渕に、あの晩、女が話した通りの大蛇が現れた。目は満月のように大きく鋭く光り、口からは、炎かと思われるような真っ赤な舌を出し、全身を覆った鱗は、日の光を反射してキラキラと輝いている。まことに物凄い大蛇である。 それを見た時勝はびくともせず、弓をひきしぼり、大蛇めがけて矢を放った。矢はあやまたずに大蛇に突き刺さり、大蛇は、のたうちまわりながら水の中に沈んでいった。
それから数日後の事である。 時勝は一人で山に入り、谷間を歩いていた。すると、どこからともなく、いい香りがしてくるので、不思議に思って辺りを見回すと、岩の間から流れ落ちている水の香りであった。一口飲んでびっくりした。何と、この水は、味も香りも、今までに飲んだこともない素晴らしい酒だったのである。
 時勝はこの天然の酒を「昇龍の瀧」と名付けて売り出した。この酒の味と香りが大評判となり、売れに売れて、時勝は思わぬ大金儲けをすることになった。しかし、このことは他人には絶対知らせなかった。
それから後は、する事なす事すべてが当たり続け、あの晩の女が言ったとおり、あれよあれよといううちに、たいへんな金持ちになった。
見晴らしのいい場所に豪奢な邸宅が建ち、千歳川(ちとせがわ:筑後川)の川べりには、白壁の土蔵が建ち並び、奉公人は、季節ごとの雇い人たちを合わせると、数百人もいた。
時勝が「千代島」という所に住んでいたので、人々は時勝のことを「千代島の長者」と呼ぶようになった。
金持ちになると急に人が変わることがある。
ある日のことである。その日、時勝は「までら山」の麓にある「普門院」にお参りすることにしていた。ところが、あいにく、前日まで降り続いた長雨のために道が悪くなり、大変歩きにくくなって「普門院」への参拝はできないような状態であった。
でも、一度決めたことは、どんな事があってもしなければ気がすまない長者は、癇癪を起こし、お金を叺(かます)に詰め込ませ、それを千代島から普門院まで並べさせ、その叺を飛び石の代わりにしてお参りしたのである。
 このような豪勢な暮らしぶりは、この地方の人たちを驚かせ、呆れさせるものであった。
しかし、こんな人目を憚らぬ生活は、そう長くは続かなかった。
あるとき、時勝が都から大勢の芸人を呼び寄せ、一族揃って朝から千歳川(現・筑後川)に、たくさん舟を浮かべて、たいそう賑わっていた。
やがて昼も過ぎ、船遊びも最高潮に達したころ、一天にわかに掻き曇り、物凄い雷鳴が轟くとともに、降りだした雨は、まさに篠を突くがごとく、今まで穏やかだった千歳川は瞬く間にすさまじい激流と変わり、牙をむいて流れ始めた。
木の葉のように揉み流されている長者一族の乗った船が、今まさに激流に飲み込まれようとしたその時、雷鳴の中から、耳をつんざくような鋭い声が聞こえてきた。
「時勝!我は汝の手にかかって殺された大蛇なるぞ。金持ちになり、驕りたかぶった汝の末路はかくのとおりだ。 思い知ったかっ!」
その声が終わると同時に、長者は波に飲まれ、一族ことごとく千歳川の藻屑となってしまった。
 川辺に建ち並んでいた白壁の土蔵も、豪奢を極めた屋敷も、あれよあれよと言ううちに、みんな流され、沈んでいってしまった。
人の富や命などは、全くはかないものである。
長者の屋敷が建っていたと言われている辺りは、今でも「千代島」という地名で呼ばれている。
なお、この長者「斯波 時勝」の「斯波(しわ)」から、現在の「志波(しわ)」という地名ができたとも言われている。
また、千代島の長者がまだ全盛の頃、千万無量といわれる莫大な財宝を、どこかに隠したという言い伝えが残っている。そして、
「朝日さし夕日ちらつく岡の上、黄金千両ニ千両、座頭の杖のつくかつかぬに」
という謎めいた歌のような言葉も残っている。この謎が解けたとき、長者の隠した莫大な財宝が、私達の前に現れるのではないだろうか。

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