合戦場「原鶴」

筑後川を境に、上方向が筑前国(秋月氏の領地)、下方向が筑後国(生葉郡方面)、右方向が豊後国・日田郡方面(大友氏の領地)、左斜め上方向に秋月氏の居城(古処山城・秋月城)があった。
合戦の舞台「原鶴(はらづる)」は香山(現在は高山(+マークのある場所))から少し下方の場所。今では、原鶴温泉で有名。高山(こうやま)は秋月種実が陣を置いた場所。
合戦の前と後に秋月軍が入った麻底良(までら)城は地図の左上方にある麻底良山の山頂にあった。
今は神社がある。

管理人の親戚が麻底良山の下にある政所と云う所にあり、小学校時代の夏休みは毎年一週間程滞在していた。

その時に、麻底良山には良く登った。山麓には柿畑が広がり、山頂に着いた頃には、結構疲れたのを憶えている。

山頂は平坦で、当時は何でこんな山の上なのに平ら何んだろう。
そして、何故こんな山の上に神社があるんだろうと想ったものだ。
この時は、山城の址とは知らなかった。

高橋元種(秋月方・秋月種実の弟)の軍勢が潜伏していた池田と云う場所は、原鶴の右側で地図上の新町と云う所の下辺りと想われる。