筑前秋月と歴史浪漫

秋月の歴史

秋月郷土館

 秋月(福岡県甘木市)は筑前の小京都とも別称される風光明媚な街で、城下町の風情を色濃く残す雰囲気の良い街である。

 秋月ので是非見ておかなければならないのが、秋月郷土館であろう。旧秋月藩の三百石馬廻組戸波家の屋敷と藩校「稽古館」の跡地に土蔵を改造した展示館などが立ち並んでおり、秋月ゆかりの品が数多く展示されている。

 郷土館が開館したのは1965年11月7日というから結構古い歴史がある。当初は、土蔵を改造して、民俗資料などを展示したものだったようだが、その後、資料館と美術館を増設して現在の形に落ち着いたものらしい。

 資料館は戸波家の蔵を改造したもので、屋敷には母屋、長屋門、庭園、井戸などがほぼ昔のままの形で保存されており、秋月藩の武家屋敷の風情を今に伝えている。

 郷土館には、民俗資料として、各種の農具や工具が展示されていた。水瓶や壷のたぐいは、小石原焼よりも唐津系の民間雑器が多いように思えた。徳利などの磁器の類はほとんどが古伊万里である。

 美術館は、もともとは、秋月出身の土岐勝人氏の収集品が寄贈されたのを機会に、秋月に関する資料を集めて、1975年に開館したものである。

 美術館には、土岐氏のコレクションだったとおもわれる美術品も展示されていた。ピカソ、ルノアールに横山大観。何となく絵画の展示には脈略がない。寄贈された作品をそのまま展示したためだろう。

 歴代藩主の調度品を展示したコーナーはそれなりに充実していた。歴代藩主の鎧や兜などは見応えがある。黒田長政が関ヶ原の合戦で着用していた兜とか、島原の乱で実際に使用された幟などの実物が展示されていた。

 秋月といえば、明治初期の不平士族の反乱の一つである秋月の乱の舞台となった場所でもある。秋月藩勤王派の流れをくむ秋月党が決起したものだが、明治政府によって1日で鎮圧されてしまった。

 秋月は勤王派の影響の強い風土ではあったが、薩長の明治維新にはうまく乗れず、けっきょく士族は維新後の改革についていけず、暴発して悲しい末路をとげた。