筑前秋月と歴史浪漫


秋月の歴史

秋月氏以前の時代 (紀元200年頃〜1200年頃まで)

西暦 年号 時代 主な秋月史
720 養老 4 平安 <伝説の時代>
 荷持田(ノトリダ)村に羽白熊鷲というう者がいて、身に翼があり、高く飛びまわって皇命に従うことなく人民を略盗していた。
 神功皇后は、これを撃たんと橿日の宮より層増岐野に至り、兵を挙げられ、羽白熊鷲を撃たれた。(「日本書紀」より)

     *その当時の地名(下記)が、そのまま今日まで残っている。

荷持田村 甘木市野鳥 三府の森 甘木市下淵
白山(古処山) 甘木市野鳥 矢野竹 甘木市三奈木
后の森 甘木市野鳥 鬼ヶ城 甘木市三奈木
梅園の森 甘木市野鳥 角枝 甘木市三奈木
大休い 甘木市野鳥 目配山 朝倉郡三輪町
宮園の森 甘木市上秋月 層増岐野 朝倉郡夜須町
鎧掛松 甘木市上秋月 勝山 朝倉郡夜須町
805 延暦24  伝教大師(最澄)が唐より帰朝し、白山(古処山)の大木にて七仏の薬師如来を彫る。

 朝倉郡朝倉町の南淋寺に祭られている本尊の「薬師如来坐像」(国指定重要文化財)は、伝教大師(最澄)の作だと言われています。
 空海と共に唐に渡った伝教大師(最澄)が、航海の安全を祈って七体の薬師仏を彫るこ  とを誓願。その第一番目の尊像とされています。
 釈迎の誕生日を祝う灌仏会では、尊像の一般公開が行われます。


 古処山の山頂付近には、自生した柘植の原生林秋月氏の山城「古処山城」の名残である「大将隠し」(巨大な岩に囲まれた空間)という場所も有ります。