フィレンツェ (Ⅰ)







トスカーナ州の州都であるフィレンツェは英語名でフローレンス、“花の都” という意味…
ローマの北北西227km、アルノ川の両岸に広がる文化・学術都市である
中世後期からルネッサンス期にかけて文学や美術の世界的中心地であった
その遺産が今日に伝えられている歴史地区は世界文化遺産として登録されています



長年の念願がようやく叶い、至福の4日間を過ごす事ができました♪

サンタ・マリア・ノヴェッラ中央駅 ホテル BASILEA

個人旅行ではスーツケースは自分で運ばないといけないので、駅から至近距離…というのが私達のホテル選びの第一条件
BASILEAも荷物がなければ数分という場所
ところが駅から続く石畳はデコボコで引っ張るというより両手で押して進む…

腰を屈める姿勢は道のりが2倍にも感じ、思っていたよりずっと大変です♪







パッソ要塞


反逆者を監禁するために建設された要塞で、市民から恐れられたとか…
駅のすぐ北にあり、現在は見本市会場として使われています


ローマに戻る最終日、もしかしたらこちらの方が近道かもと
ホテルを出ていつものように左折せずに直進したらこの広場に…
正面に見えたのは巨大な焦げ付いたお釜のような建物
“この一見不気味な形、もしかしたらパッソ要塞?”
場所はピンポ~ンでしたが、近道ではなく結局はかなりの回り道
いつもの3倍の距離をスーツケースを押して歩く破目になりました

でも、写真を撮れて良かった…と思う事に♪







ホテルから歴史地区へは徒歩圏内、先ずは名高いヴェッキオ橋に向かって歩きます

サンタ・トリニタ橋


大聖堂を横目に通り過ぎ、
アルノ川に出て右を振り向くと…
ヴェッキオ橋の300mほど上流に架かっています


左を向くと…





ヴェッキオ橋

アルノ川の川幅が最も狭くなっている部分に架かったフィレンツェ最古の橋、両脇には金細工や宝石・七宝等の店が並んでいる


観光客相手と言いますがもちろん本物…、お値段は相当のものです♪ 右側の2階の黄色い部分がヴァザーリの回廊





ピッティ宮殿





15世紀に豪商ピッティが建てた邸宅で、その後メディチ家のコジモが買い取り新しい住まいとした
19世紀半ばまでは歴代トスカーナ大公の居城であり、一時期イタリアの王宮ともなった

現在宮殿内は五つの美術館&博物館で構成されています


粗い石積みの外観は力強い

渡り廊下から見えるボボリ庭園

広大な庭園は見るのに時間がかかるし
2月では花もない…?
別料金を払っての散策は中止です♪
宮殿内は撮影禁止
宮殿内で撮った唯一の写真です
この日は宮殿の2階にあるパラティーナ美術館を見学
ラファエロやフィリッポ・リッピなどの名作も多いが、大小の絵を壁一面に飾っている感じ…
あまりの数にひとつひとつ見ていく事もできずザ~ッと流し見してしまったようで、意外に印象が薄い
もちろんお目当てのものはじっくり…♪ 


イタリアでは最近になって国立の美術館等で、フラッシュ禁止から全面撮影禁止に
ヨーロッパはほとんどが撮影OKだったのに、最近は禁止のところが増えているようです
“写真を見て思い出を呼び起こす” 
未だこの域を出ない私にとっては残念極まりない出来事です…(*^_^*)



ヴァザーリの回廊




メディチ家の一族が市内を安全に通行出来るように
住まいのピッティ宮殿と公務を行うヴェッキオ宮殿とを直接つないだ高架式の廊下
メディチ家の人々の緊急避難路でもあったようで、1kmにも及ぶ

コジモ1世の長男フランチェスコの結婚式に間に合うよう5ヶ月で建設された







シニョーリア広場




かつては政治活動の場として、現在はイベントや市民の憩いの場所として親しまれている広場

左はコジモ1世の騎馬像
中央右はネプチューンの噴水、右端がダヴィデ像
右側のロッジアには多くの彫像が並んでいます





広場中央にある白い銅版


一時期共和国の政治を牛耳った修道士サヴォナローラ
ここは彼が1498年に火あぶりにされた場所である

鐘楼の高さは94m

右奥に少~しヴァザーリの回廊が見えます





広場に面したレストランでランチ♪



いつもの事ながらイタリア語のメニューに悩みつつ
見知った単語を頼りに料理を想像、そしてオーダー

もちろん娘の担当です♪




ヴェッキオ宮殿



シニョーリア広場と共に自治都市国家フィレンツェの中心で、700年後の現在も市庁舎として利用されているというのは驚きです


宮殿の入口に建つダヴィデ像(左)





フィレンツェ共和国のシンボルとしてミケランジェロが制作
宮殿前に設置された

1873年に本物はアカデミア美術館に移され、現在のこの像はレプリカ



中庭の美しい柱


五百人広間



ヴァザーリのフレスコ画






金色が目立つ華やかな広間
ダ・ヴィンチとミケランジェロに大壁画が依頼されたものの未完に終わったとか…
コジモ1世の時代にヴァザーリによって謁見の間に改装され、壁と天井はメディチ家の偉業を称える絵画で装飾された









レプブリカ(共和国)広場



19世紀末に、中世からの市場やユダヤ人ゲットーを取り壊して作られ、第2次大戦後に現在の名前となったそうです




乗ってる人は見かけなかったけど、メリーゴーランドは常置のようです








タベルナ・コロ



屋外にある聖人画や像を収めた祠・壁龕の事
探して歩くのも楽しい…とガイド本に載っていたのをチェック!

街の至るところで見かけました♪
毛織物業組合の館


オルサン・ミケーレ教会  


ウフィーツィ美術館へと向かう道すがら壁面の美しさに足を止めた建物、後で教会と知りました
14世紀前半に穀物市場として建設されたもの
1階は開廊になっていたが奇跡の聖母図が信仰を集めたため、壁を塗りこんで教会に改造されたそうだ
目を引いた周囲の壁龕に置かれているのは同業組合の守護聖人像だそう







ウフィーツィ美術館



1560年に手狭になったヴェッキオ宮の市庁舎機能を分けるために、トスカーナ大公コジモ1世がヴァザーリに命じて建てさせたもの
英語のオフィスと同じ語源を持つトスカーナの方言だそうで、当時は役所として使用したもの




現在は美術館としてメディチ家所有の美術品を核に世界有数のコレクションを誇ります



14時の入場予約をしていたのでしばらく美術館前で時間つぶし



最近よく見かける動かぬパフォーマーがここにも…
左側は白の彫像で右側はエジプトのファラオ??

遠巻きに笑って見てた観光客
たぶん誰もチップは払ってない…?

一番楽しみだったのがサンドロ・ボッティチェリの “春” と “ヴィーナスの誕生”
修復された絵は500年以上も前に描かれた絵とは思えない…
ヴァチカンでも感じた事だけど、絵筆&絵の具の質も良くない中でよくこういう色が出せたものと感心するばかり

レオナルド・ダ・ヴィンチの “受胎告知” ・ ラファエロの “ひわの聖母” ・ ミケランジェロの “聖家族” 等が心に残りました
素晴らしい作品を目の前にした感動は忘れられないでしょう

もちろん撮影禁止、悔しい・残念・ため息…
忘れないと思った感動がいつまで続くかは…(o^-^o)




ヴァザーリの回廊



ピッティ宮殿とヴェッキオ宮殿の間に位置するウフィーツィ宮殿
政務を執っていたここにも回廊が通っています



(下部がヴェッキオ橋)
これも通路で撮りました





散策しながらホテルへ…



叙事詩“神曲”で名高いダンテ・アリギエーリの家


サンタ・マルゲリータ・デ・チェルキ教会

ダンテとベアトリーチェの生家の中間にあり
ふたりの最初の出会いの場所だそうです
生まれたという証拠はないとか…
ダンテ関連の資料が展示されている




















サン・ロレンツォ教会




393年に献堂式が行われたというフィレンツェ最初の司教座教会でメディチ家の菩提寺
現在の建物は15世紀にブルネッレスキの設計で建設されたもの
ファサードの設計はミケランジェロに依頼されたが未完成に終わった


今も当時のままの朽ちたかのようなファサードは、華やかな装飾がなされたファサードを見慣れた目には異様な感じに映りました
でも教会の内部はというと、外観からは想像できない美しいものです♪

ブルネッレスキの回廊庭園







メルカート・ヌオーヴォ



バッグやベルトなどの革製品や衣類・マーブル紙の文具・工芸品を販売している露店が軒を連ね、活気にあふれている


“仔ブタちゃん”

鼻をなでると又フィレンツェに戻って来れる…
常に写真を撮る人で大賑わい
もちろん私も“はい、ポーズ♪”






こちらはサン・ロレンツォ教会の脇から延びる露天、色とりどりの革製品が目に付きます
私も旅行用の小さなバッグを購入


値引きの駆け引きが楽しい♪





メディチ家礼拝堂


フィレンツェを支配したメディチ家の当主が眠る、クーポラを持つ八角形の礼拝堂である
内部は色大理石を使ったモザイクで床や壁・祭壇までも覆われていて、外観からは想像できない豪華さ

ここもドーム部分に当たる場所が一部修復中で工事現場風…
仕方がないとは思うものの、やはり残念なものです



扉上の紋章がメディチ家のもの

祖先が医師か薬種商で、6つの玉は丸薬を表している
(コレが通説のようです)


玉が5つだったり…、様々な色・デザインの紋章を見かけました