
雪を待つ
その日の夕方、少年は、
なけなしの貯金を手にして花屋へと急いだ
天気予報が今夜雪になる、と告げていたからだ
「花束でございますか」との店員の問いに
彼は気恥ずかしげに、そしてせっかちに答えた
「花びらだけでいいんです!」
きょとんとしている店員を後にして
彼は、垂れこめた雲を見上げて満面の笑みを浮かべ
茎や葉をすっかり切り取った、
バラの花で一杯になった袋を提げて帰った
その夜、花を詰めた袋を枕元に置いて少年が眠る間に
まるでちぎれた雲の破片のような雪が
はじめはちらほらと
次第次第に強さを増しながら落ちてきた
背後に迫る春の圧力に対し、
最後の力を振り絞るかのように
少年が眼を覚ましたとき、
部屋の中には
不思議にこもるような重い空気と
ほの青い明るさが充ちていた
少年は慌てて窓に駆け寄り
一面の雪景色を眼にすると
枕もとの袋をひっつかんで外へと飛び出した
寝巻きの上に上着を羽織っただけの姿で
そして袋の中にあるバラの花を
真っ白な雪の上へと撒き散らしたのだった
赤、オレンジ、黄、ピンク…
「見えるかい?見えるかい?」と天に向けて叫びながら
「ここに眠ればいい、ここで眠ればいい!」と涙しながら
その日いち日、そこを誰も通り抜けようとする者は居なかった
1枚の写真の周りに撒き散らされた花々の中を…
(2000.2.6)