初秋

鮮やかな朱色と翡翠色で縁取られた里の残像から
碧く透明な波が砂と陽光の粒子を巻き上げる汀へ

穏やかな風の息吹と刷毛のような雲
細かいビーズをまき散らかしたかのような内湾の海面

小さく鉦のような音がしたような気がしたが
おそらく大気そのものの響きであったろう

美しい初秋の景色に彩られた現実の空間
そこに在る、ということへの疑念

砂粒が巻き上げられ、打ち上げられ
その一粒ひとつぶが擦れる音の粒子

(触れることの出来ぬものがある)

生れ落ちた、そのとき以来
生き抜くことを強いられている、と

時に、慰安の優しさが苦痛を増幅させることがある
すなわち、ただ、「そこに在る」ということのみである、と

目の前でみずみずしく戯れる波は
私を慰めることはなく、昇華を迫る

(我々はそこから没落してゆくのかもしれない)

個人的な感情というものがうち棄てられ
社会的な感情だけが許される、という隷属

落ちぶれたマスコミや烏合のSNSが誘導しているのではなく
単に、個を棄て去った者たちの自己肯定という欺瞞であるに過ぎない

(記憶は今や、邪魔者でしかない)

猛禽が上昇気流に乗って旋回している
季節遅れのオニヤンマが目の前を掠めて滑空する

(彼らは嘲笑というものを知らない)

こうして白い砂浜にうずくまり
碧い海水が盛り上がっては白く崩れる様を眺めることは
同化というものに至る道程である

漂うこと
ただ、漂うこと
しかも、私ではなく、個であること

(慰安とは違い、霞のように消えてゆくこと)

    (2015. 9.23)



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