
孵化
磯伝いに歩く僕の耳に
届くときもあれば
届かないときもある―――
それは潮騒なのか
それとも
ピアノの単旋律の粒なのか
届くか届かないかの狭間で
僕のうたは目覚め
大気へと溶け出してゆこうとする
僕にはそれを制御することはできない
それとともに
僕自身のうち慄えるような歓びまで蒸発してゆくことも
お前の孵化した後には
僕の中に残されるものは
ただ、凪いだ漆黒の夜の海だけだろう
心地よい疲れが僕を包み込みはじめている
そろそろ一休みしてもよい頃合だ
陽射しに暖められた岩に腰を下ろして
潮溜まりを覗き込むと
ゆらゆらと
イソギンチャクの触手が靡いている
次第に薄れてゆく歓びのずっと彼方に
僕は見る
大気となって漂うお前を
(2007.2.23)