「新任教師と音楽」
作・カズキ
新任教師、杉野が音楽の先生として初めての仕事先となったのは、自分がかつて通っていた、S市の若松中学校だった。
彼の中学校生活は、あまりパっとしなかった。
5教科はすべて3、体育、美術は2、得意なのは音楽と技術だけ−。
そして、少し動作がトロかったのと、「面白いわけがない」音楽が大好きだということで、同級生からはさんざん苛められた。
彼が当時こんなひどい状況におかれてもじっと耐えていられたのは、
彼には音楽があったからだった。音楽が原因で苛められているにもかかわらず、不思議と音楽に嫌悪感を抱く事はなかった。音楽は自分を慰めてくれる友達だったのである。
彼がやっていた楽器は、チェンバロとフルート。特にチェンバロに関しては、少年少女コンクールで優勝するほどの才能の持ち主だった。
そんな彼は、一流の音大付属高校に入学した。成績はトップクラスだった。
その学校の中では、みんなが音楽をやっていて、皆非常に上手なのである。だから、彼が特別視されることはなかった。動作がトロいということで苛めるやつもいなかった。彼はその時、本当にこの学校に来て良かったと思ったのである。
でも彼は、プロの音楽家になろうとはしなかったのである。
彼は、人に音楽の素晴らしさを伝えたいと思っていた。
「僕が苛められた第1の原因は、≪面白くない≫音楽が大好きだったからだ。僕を苛めた奴等はかわいそうだ。音楽の素晴らしさを知らないんだから。僕は、≪音楽は楽しい≫と皆に教えてあげたい。」
と彼は思っていた。大学の教授にそれを告げると、
「君の才能は万人に一人だから、とても惜しい。だが、みんなが『音楽はつまらない』と決めつけて、音楽を軽蔑しているのはたしかだ。
君ならきっと音楽の素晴らしさを伝えてやれると思う。頑張れよ。」
といってくれた。
そして彼は今、自分が通っていた若松中学校の門の前に、新任教師として立っているのだ。
「よし。やってやるぞ。みんなに音楽の楽しさを伝えてやろう。」
彼は、そう言って、校門をくぐった。
そう、彼の挑戦は、今ここから始まったのだ。
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