中国は怖い国!?(2005年6月16日)


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中国・河北省 武装集団が村を襲撃 住民6人死亡、48人ケガ

中国で、武装集団が村を襲撃した。

 河北省で11日明け方、200人から300人の迷彩服姿の武装集団が村を襲撃し、猟銃やパイプなどで逃げようとする住民を襲った。襲撃で住民6人が死亡したほか、48人がケガをした。

 村が襲われた理由はわかっていないが、この村は再開発をめぐる土地の補償金で当局ともめており、当局が武装集団を雇って襲わせた疑いも出ている。

なんか最近は中国国内で暴動が多いですね。反日暴動以外でも政府と農民とか漢族と回族とか・・・。世界一の人口を誇る多民族国家としてそろそろその維持に限界が来たのでしょうか・・・。共産党が提唱する「中華民族」は今後どうなっていくんでしょう・・・。さて、上の報道では中国河北省定州市南部の縄油村(?)で起きた事件の映像が流されています。なんでも政府と農民の土地買収の補償金問題がうまくいっていない時に起こったとかなんとか・・・。かの国で長期に渡り生活をしてきた私は色々体験してきましたが、初めてこんな事件にお目にかかりました。まぁ、私が中国に滞在した時期は中国経済が色々な問題を孕みつつも右肩上がりに昇っている時期で、その成長が社会に生まれた負の部分を覆い隠していた時期だったのかもしれません。現在その負の部分がクローズアップされてきているのでしょうか・・・。それにしても銃を持った武装集団って・・・オイオイ仮にも同胞だろ?と突っ込みを入れたくなります。これ以外にも煙幕だか爆竹の様な物も使っているようでしたがちょっとした「戦闘」のように見えました。西安の寸劇事件や先日の上海反日暴動を見ても、私が留学していた時期は良い時期だったんだなぁ・・・と感じずにはおれません。



漢族と回族(2005年6月21日)

 少し前に河南省で漢族と回族の闘争がありましたが、事件当初は本当に情報が統制されていたらしいですね・・・。日本で事件の報道があったその夜に河南省回族の知人に連絡を入れましたが、

 「知らないよ!そんな事件があったんだ!?まぁ、国は都合の悪いことは報道しないからなぁ・・・きっとお前達の方が詳しいんだろうなぁ。まぁ心配するな、こっちは大丈夫だから!」

とのんきな返事が返ってきたものです。以前は漢族と回族の闘争には武術家は必ずといっていいほど参加していたとのことですから私は不謹慎にも「知人の武術家も参加したんだろうか?その場で活躍したのか?変に巻き込まれて怪我でもしてないか?」等と考えており、もしかしたら現代の闘争武勇伝が聞けるのではないかとちょっとした期待感?も持っていたわけですが(ゴメンナサイ)そんな思いは上の返答で消し飛んでしまいました。

 さて、このイスラム教徒を信仰する回族と漢族は事あるごとに闘争を繰り返してきたといわれます。ある河南回族の阿洪(アホン)はこう言っていました・・・

「一昔前なら揉め事が発生した時、阿洪が一声かければ、近場の回族はおろか他省の回族まで集まったものだよ!」

と自慢げに話されていたことが思い出されます。その度に腕の立つ武術家が活躍したとのことでした。査拳、心意拳、七式拳、シュワイジィアオ等の使い手が数多く参加し、またそうした闘争で身を守るために武術を学んでいたとのことです。河南周口心意拳の買金奎、尚学礼や盧崇蒿といった人物も周口を離れる前にこうした闘争に参加したとのことでした。こうした漢族と回族の闘争は昔から農村部では水源や耕地の面積、都市においては商売の仕方や場所等で常に起こっていたとの事です(もちろんこうした問題は漢族と回族との間に限ったものではないですが)!ちょっとしたケンカが発展して死人が出ることもあったとか。少し前に起こった事件では嘘か本当か知らないですが漢族が嫌がらせで清真寺(モスク)の壁にブタと書き込んで暴動が起き、軍が出たこともあったとか・・・。その時、軍や武警隊に属していた友人の回族は上官の命令で待機組に回され鎮圧には参加しなかったという・・・。同じ回教徒の同胞に銃を向けることができるか・・・、はたまた裏切られるか・・・こうした思いが錯綜していたのかもしれません。

 そういえば96年だったか・・・西安で起きた回族のデモはかなりの規模だったらしい。商売絡みで漢族に殺された回族の事件を加害者が政府役人の親族であったことから揉み消されて事故処理されたことに抗議したとの事でした。偶然にもこの殺された人物のお兄さんが私の知人で97年だったかな?この話を直に聞いたことがあったけど、事の大きさを知ったのは99年でした。とりあえずこの犯人は刑務所に入れられているらしいが、刑が軽い上に補償もきちっとされていないことから遺体を冷凍保存したまま裁判が行われていたらしいが、国の命令で数年前に埋葬されたとか・・・。

 話がそれましたが、回族の団結した力は政府も一目置かざるを得ないのでイスラム教徒の多い地域では政府関係者はイスラムの重要な記念日や活動には必ず清真寺(モスク)に足を運んでいるらしいですね。

 少し回族の肩を持った発言でしたが、必ずしも回族が悪いわけではありません。例えば河南の某地では少数民族優遇政策をいいことに耕作地を事あるごとに拡張し、漢族が追いやられている場所もあるそうです。漢族の友人は腹に据えかねていました。外にも漢族には厳しく執行される一人っ子政策では回族ほか少数民族は優遇政策の下、規則が緩やかであったりで漢族は漢族で色々不満を抱えているようです。

 旅の途中で立ち寄ったある場所では漢族の子供が私に回族=悪と言う図式を一生懸命説明してくれました
(^^;)


 中国の歴史上、回族が政権を握ることはありませんでしたが、権力者から弾圧を加えられることはありました。よって回族は権力者や漢族等から危害を加えられることに敏感で、中国政府もその配慮に苦労しているのでしょう。時期が時期だけに中国でもイスラム教徒の動向には神経を尖らせているらしいですし・・・。



今度私が訪問したイスラム寺院の特集でもしようかなぁ・・・。



 今回は漢族と回族の関係で悪いことばかり書きましたが、仲良く共存しているところもありますので誤解なきよう・・・。