名コンビ



「博士、風が強くなってきたよ」
イワンが、揺り籠から窓の外を眺めて、ギルモアに声を掛けた。
その声に促されるように、ソファーに坐って本を読んでいたギルモアは、庭を見る。
「おや、そうだね」
リビングから見渡せる庭には、大きな洗濯物が幾枚も、風になびいていた。
フランソワーズが、午前中いっぱいかかって洗い上げた、リネン類である。
梅雨の合間の晴れ日を逃さずに、彼女は、近々訪れるであろう仲間達のために、心と
体力をくだいていた。
イワンが、ふわりと、ギルモアの側にやって来た。
「フランソワーズとジョーが買い物から帰って来る前に、取り込んでおこう。博士」
「そうだね。昼もずっと天気がよかったから、もう乾いているだろう」
ギルモアは、立ち上がると、庭へつづく窓に手をかける。
「博士、籠がいるよ。洗濯物は、沢山あるんだから」
ふよふよ浮かぶイワンに言われて、ギルモアは、ああ、とうなずいた。
「取ってこよう」
そういって、廊下へ出ていく。ほどなくして、籐製の大きな籠と、洗濯ばさみ用の手
提げ籠を持って戻ってきた。
「さて、一仕事だ」
イワンとギルモアが庭に出ると、海からの風が強く、洗濯物が激しくはためいている。
「博士、洗濯ばさみを外して。僕が、シーツを受け取るから」
「ああ、いいよ」
ギルモアは、手近なシーツに手を伸ばした。
「洗濯ばさみを、外す、と」
背伸びをして、ようやく、洗濯ばさみに手が届く。
「随分高くに留めてあるな」
「今日の洗濯物は、ジョーが干していたよ」
「ああ、だからだな」
シーツが、風にあおられて、高く跳ね上がった。そのまま、するりと竿から抜けていく。
イワンが、その一枚を、見えざる手で取り抑えた。手早くたたんで、大きな籠に入れる。
ギルモアは、それを見届けると、次のシーツに手を掛けた。そして、彼は、次々に洗
濯ばさみを外していく。
手が洗濯ばさみで一杯になると、ギルモアは、腰をかがめた。地面に置きっぱなしの
手提げ籠に手を伸ばす。
その時、風が唸り、シーツが、一斉に空へと舞い上がった。
端の一枚が、イワンに覆い被さる。そのまま、彼はフラフラと飛び回り、竿から離れ
かけたリネン類を、片端から被る羽目になった。
今にも地面に落ちそうな、洗濯物の山を、ギルモアは、大きな籠に押し込んだ。
途端にイワンの悲鳴が上がる。
「博士、ひどいよ」
「こりゃ、すまん」
洗濯物の中から引っ張り出されたイワンは、笑っていた。


ギルモアとイワンは、すべての洗濯物を取り込み終わると、リビングに戻った。
そして、二人で協力して、リネン類を選り分け、たたんでいく。たたんだ物は、ひと
まず洗濯籠の中に、入れておいた。
「さて、仕事の後は、のどが乾いた。イワンもミルクを飲むかね」
ギルモアが言うと、イワンもうなずいた。
「うん、頂戴。とびきり美味しいのを頼むね」
「わかったよ」
ギルモアがキッチンに消えていく。
それを見送ったイワンは、洗濯籠の上へ飛んで行った。
今しがた、たたんだばかりのリネンが、ふんわりと籠から頭を出している。
その籠は、イワンの揺り籠よりも一回り大きく、今は、柔らかなリネンにあふれてい
るのだ。
イワンは、そっと手を伸ばした。
キッチンから、音がする。
イワンは、入り口を振り向いたが、ギルモアの姿は見えない。
彼は、素早く、リネンの中にもぐり込んだ。  


哺乳瓶を持って、ギルモアがリビングに戻って来ると、イワンの姿がなかった。  
彼の揺り籠は、ソファーの横に空っぽで置かれている。
「イワン。ミルクだよ」
ギルモアが呼びかけても、イワンは返事をしなかった。
「イワン、何処だね。イワン」
リビングの中を巡らすと、先程、リネンをたたんで入れた籠が目に付いた。上の方が
崩れかけている。
側へ寄ってみると。
イワンがリネンの窪みの中で、眠っていた。
「これは、これは」
ギルモアは、目を細めて、眠る赤ん坊を見つめた。


名コンビ おまけ



「ジョー、今度は、僕にもやらせてー」
「だめ、熱くて危ないから」
「本当に手に持つ訳じゃないんだから、平気だよ」
「側にいるボクの方が危ないんだよ。きみは、きっと振り回すんだから」


今、ジョーとイワンは、キッチンの広いテーブルの上に、シーツを広げてアイロンを
かけている。
ジョーとフランソワーズが、食料の買い出しから帰ってくると、イワンが、たたんだ
洗濯物の籠の中で、眠っていた。
二人は、イワンをそのままにして、ギルモアと一緒にお茶を飲み、夕食の準備をした。
イワンは、食事が済んだころ目をさまし、ミルクをねだった。ミルクを飲みおえて、
ようやく、自分が今まで、洗濯物の中で眠っていたことを思い出し、フランソワーズ
に謝ったのだ。
「ごめんね、フランソワーズ。せっかく綺麗に洗ったのに、皺だらけにしちゃった」
フランソワーズが、イワンを抱いて、軽く揺すった。
「いいのよ。あなたが気持ち良く眠れたのなら、うれしいわ。それから、洗濯物を取
り込んでくれて、ありがとう、イワン」
イワンは、首を振った。
「それじゃ、後片づけが終わったら、アイロンをかけよう」
ジョーが、言うと、
「僕も手伝う」
イワンは、フランソワーズの腕から飛び上がった。
「アイロンを持ってくるね」
そう言うと、廊下へ飛び出していく。
「イワン、後でいいのよ」
フランソワーズが呼んでも、イワンは、聞く耳持たず、アイロンを持って戻ってき
た。彼の後ろには、リネンの入った籠が浮かんでいる。
「ジョー、早くやろう」
「待てよ、食器を片づけなきゃ」
イワンの勢いにつられて、ジョーが立ち上がった。
ギルモアとフランソワーズは、イワンと洗濯籠に押されてキッチンを追い出される。
「まずは、シーツからだよ」
「わかった、イワン」
シーツを広げるジョーの頭の上で、熱を帯びはじめたアイロンが、回っていた。


リビングのソファーに落ち着いたギルモアとフランソワーズは、キッチンから聞こえ
てくる喧騒を、することなく聞いていた。
「アイロンは、明日でもよかったのに」
フランソワーズが、笑う。
「あの子なりの気遣いだよ、フラン」
ギルモアの言葉に、フランソワーズもうなずいた。
「はい、わかってます。帰って来たら、洗濯物が取り込んであって、助かりました。
雨も振りだしていたから、本当、良かったわ」
「それくらい、どうということはないよ。ただ、二階の窓を閉め忘れたのには、ま
いったね」
ギルモアがため息をつく。
「大丈夫ですよ、博士。風向きのおかげで、ほとんど吹き込んでいなかったから」
フランソワーズは、窓の方を見た。暗い闇を背景に、ガラスに当たった雨が、弾け散
る様子が見える。


「あー、イワン。皺の上にアイロンを置いちゃ駄目だよ」
「ちょっとくらい、いいじゃない」
「こら、アイロンをこっちに向けるな」


キッチンから聞こえてくる声に、二人は顔を見合わせて、どちらともなく笑い出した。
「こりゃ、まだ、しばらくキッチンに入れんな」
「ほんと、食後のお茶がまだなのに、困ったわね。博士、貯蔵庫に置いてある、ミネ
ラルウォーターを持ってきましょう。確か、電気ポットもあった筈」
フランソワーズは、お茶の用意をすべく立ち上がると、キッチンの方へ声を掛けた。
「二人とも。皺が残ってたら、やり直しよ」
キッチンから響いてくる声を、背中で跳ね返して、フランソワーズはリビングを出て
いく。
ギルモアは、おもむろにパイプを取り出し、知らん顔を決め込んだ。


                                     終
                                                           (C)飛鳥 2002.5.1