今年の冬は、早く来た。 まだ12月だというのに、ギルモア博士の家の前に、雪だるまが現れのだ。ど うやら、ジョーが朝一番に作ったらしい。 今日ジョーは、大学へ行った。ぼくの代わりに、某大学へ聴講生として週に一 度、通ってくれているんだ。赤ん坊の姿のぼくじゃ、どうしたって大学へなんか 通えない。そこで、ギルモア博士が中継用の小型カメラを作ってくれて、ジョー がそのカメラを持って大学へ行き、講義をこっそり映している。その映像を、ぼ くは、ここギルモア邸のテレビで見ることができた。 「何するのよ、ジェット。冷たいじゃない」 窓の外から、フランソワーズの声が聞こえてきた。ジェットと一緒に、庭に出 ているんだ。 「なあ、雪合戦しようぜ。せっかくの雪なんだからさ」 ジェットが、顔を紅潮させて喚いている。 「ひとりでやってれば」 それに対するフランソワーズの返事はすげない。ここにジョーがいれば、きっ と違う返事をするんだろうに。ジョーもジェットに負けず劣らず、じっとしてい られない質だから。 ぼくが窓から様子を見ていると、フランソワーズは、積もったばかりの柔らか い雪をせっせと集めている。それを、予め用意していたのだろう、黒いお皿の上 にのせて、まとめはじめた。こんもりと丸くしたら、今度は、庭木の方へ行って 枝の雪を落としている。夾竹桃の木だ。冬でも蒼い葉を繁らせている。その葉を 二枚とってくると、雪だんごに突き刺した。それから、次には南天の雪を掃い、 まだ残っていた赤い実をとってきて、雪だんごに押しつけたようだ。 そのお皿を持って、フランソワーズが部屋の中へ戻ってきた。 「イワン、見て見て。雪うさぎ、よ」 フランソワーズが嬉しそうに、ぼくに見せてくれた。 お皿の上で、白い雪が透けるように輝いている。葉っぱの下に、赤い目をつけ た雪うさぎは、どこか恥ずかしげに見えた。 「窓辺に置きましょう。暖炉の側じゃ、溶けちゃうわ」 そうだね。せっかく作ったんだもの。ジョーにも見せたいよね。 ぼくは、テレパシーを送ったつもりはなかったんだけど、フランソワーズは振 り向いて、恥ずかしそうに微笑んだ。 なんだか、雪うさぎみたいだ。 今日のフランソワーズは、淡いピンクのセーターを着ている。柔らかくて暖か そうで、それを着たフランソワーズが微笑むと、とてもきれいで。青い目をした ピンクの雪うさぎ。ジョーがここにいたら、きっと彼の方が先に溶けちゃうよ。 フランソワーズは、雪うさぎのお皿を出窓に置くと、そのままそこで窓の外を 見ていた。外は、まだ雪が降り続いている。ジェットが、ずっと一人で、雪だる まを作っていた。 「早くやむといいわね」 フランソワーズが、ぽつりと言った。 ぼくは、もっと沢山降ってくれると嬉しい。だって、雪がある間は、ジェット は外に出てるだろうから。ジェットと遊ぶより、ぼくは、フランソワーズといる 方がいいんだ。 フランソワーズが時計を見た。 「そろそろ、お茶の用意をしましょうか」 フランソワーズが、台所へ行きがけに、ぼくの頭を撫でて行く。彼女の手は、 とても冷たかった。 お茶の時間。 いつもなら、ジョーはとっくに帰ってきているはずだった。でも、今日は昨夜 からの雪で、道路は走りにくいんだろう。朝もいつもより早く出掛けた。帰りも 遅いんじゃ、フランソワーズが寂しがるのも無理はない。何も言わなくても、ぼ くもジェットも、君たちのこと、思っているんだよ。だから。 ぼくは、ちょっと力を使ってみた。ジョーは今、どこを走っているんだろう。 彼のことだから、雪道でもフランソワーズに逢うためフルスピードで……。 「おい、イワン。ジョーのやつ、今、どこら辺だ」 ジェットがタイミングよろしく、窓から顔を突っ込んで聞いてきた。 (もう帰ってくるよ。坂道にかかるところだ) そう答えると、ジェットは、ニヤッと笑った。 しまった。フランソワーズに、悪いことしちゃった。 ジェットは、そうかそうかと頷いて、窓を閉めた。そして、車庫の方へ歩いて いく。 まずいよ。このままじゃ、フランソワーズが雪うさぎを見せる前に、ジェット がジョーを捕まえちゃう。どうしよう。 ジェットの様子を、力を使って伺うと、彼は車庫の陰に隠れて、雪玉を作って いる。そこで、ジョーを待ち伏せして、雪合戦をはじめようという魂胆だな。よ うし、それならば。 ぼくは、フランソワーズを呼んだ。 「なあに、イワン」 フランソワーズがやって来た。身に着けていたエプロンを外してもらう。フラ ンソワーズは、怪訝な顔をしていたけれど、説明している時間はないんだ。 (ソファーに坐って、はやく) ぼくが言うと、フランソワーズは黙って言う通りにしてくれた。 (それでね、膝をかかえて) 「こお?」 彼女は、ソファーに足を乗せて坐りなおしてくれた。 (そうそう。それじゃ、いくね) 実にいいタイミングだった。 ジョーの車は、ちょうど車庫に入ったところだ。 ぼくは力を使って、フランソワーズを瞬間移動させた。 ジェットも、ジョーの目の前で フランソワーズに雪玉をぶつけるような無謀 なことはしないだろう。 ぼくは、少し眠気を覚えた。狭い運転席に人を瞬間移動させるのは、疲れるん だから。後で、上手にできたねって、誉めてくれるかな。そうだと嬉しいな。 「雪うさぎ」 009狂想曲 第二番 終 (C)飛鳥 2002.12.9.