009狂想曲 第十一番

 

9月 青空ゲーム

 

 気持ちのいい日だ。
 空は青く澄んでいる。雲は白く、どこまでも高く、ゆっくりと風の軌跡を
たどっている。
 そして、ここ地上で聞こえる音は、波の音とジェットの溜め息ばかりだっ
た。
「自分でも、馬鹿やってるって、わかってんだよ。そうだろう、ジェロニモ。
宝探しなんてガキっぽいこと、俺しか思いつかねーよ」
 自虐気味の言葉に、オレの胸もチクンと痛む。
  そっぽを向いてしまったジェットの隣に、オレも腰をおろした。
 ここは、ギルモア博士の屋敷の庭だ。庭といっても、海辺につづく雑木林
の中で、波の音が目の先にある崖下から響いてくる。辺りには、人影はない。
だからこそ、ジェットは盛大に溜め息をついていられるのだ。
 今、オレたちは、ジェットの提案した宝探しゲームの真っ最中だ。二人一
組のチームを作り、それぞれのチームが一つ宝物を決めて隠す。その範囲は、
庭を含めたギルモア邸全部。隠し場所のヒントを書いたメモをくじ引きにし
て、チーム毎にどの宝物を探すか決めた。
  ジェットとオレのチームは、輪の中に、二羽の小鳥の絵が描いてあるメモ
を引き当てた。ひと番の鳥、丸い輪。巣箱のことかと考えて、庭に出てきた
ところだ。
 他のチームは、どんなメモを引いたかというと。
  イワンとフランソワーズ組は、カメラの絵。
 ピュンマとグレート組は、花壇という文字。
 ギルモア博士と張々湖組は、ウイスキーボトルの絵。
 ジョーとハインリヒ組は、卵と牛乳と砂糖と塩の文字。
 くじを引くと、みなバラバラに散っていった。
「なあ、ジェロニモ」
 ジェットの声がした。
「空、高いなあ。ついこの間まで、手が届きそうだと思っていたのによ」
 ジェットは、目の上高く、手を掲げている。
「悔しいのか」
 オレは、ずっと胸の裡に隠していた言葉を口にする。少し、語尾を変えて。
 意外にも、ジェットは素直な言葉を返した。
「ああ、悔しいね。俺は、ずっとこのままだと思ってたんだよ。ずっと変わ
らずに……そんなことある訳ないのに。わかってて知らないふりしてた。気
づかないふりをしていた、そんな自分が悔しいんだ」
「そうか」
 ジェットの言葉に、オレは再び胸が痛んだ。
 そんなオレの心を知ってか知らずか、ジェットが言った。
「だからさ。探してみようぜ。見つけてみれば、案外簡単なものかもしれな
いから」
 先程の悪態とは打って変わって、晴れやかな笑顔をオレに向ける。途端に、
オレの胸のつかえが軽くなる。
 ジェットは勢いよく立ち上がった。
「さあさ、捜索再開だ。木の上の鳥の巣箱なんか、すーぐ見つけてやるさ」
 ジェットが言った。
 木の上。
 ジェットの言葉を聞いて、何かが引っ掛かった。
「おい、ジェット」
「なんだ」
「巣箱を見つけたら、どうする」
「どうするって。取るに決まってるだろう」
「どうやって」
「あ?」
「どうやって、取るんだ。木の上だぞ」
「だから、俺が飛び上がって……ああ?」
 オレとジェットは顔を見合わせた。先に口をきいたのは、ジェットだった。
「どうやって、隠すんだよ。そんなところに」
「確かにジャンプすれば問題ないが。引き当てるのが、木登りの得意な者と
は限らないし。そもそも巣箱をかけたなんて話は……聞いたことない」
「じゃ、どーすんだよ」
 最初に、思い違いをしたのかもしれない。
「ジェット、どこかで、丸の中に鳥が入っている物を見なかったか」
「そう言われても」
 ジェットもオレも首を捻った。
 家の中で、そんな物を見た記憶は。
「あった」
 ジェットが声をあげた。
「イワンの部屋の扉だ。そんな感じのリースが掛かっていた。ジェロニモ、
お前、気づかなかったか」
 リース?
「木彫りの鳥がくっついていたと思うぞ」
 そういえば。
「確かに。この間までは、なかった筈だ」
「だろう。うっかりしてたぜ。行こう、ジェロニモ」
 オレたちは、家に向かって駆けだした。
 花壇の周りで、ピュンマとグレートがウロウロしていた。
 玄関を入ると、ギルモア博士と張々湖が、行ったり来たりしている。
 地下の研究室から、フランソワーズの甲高い声が聞こえた。
「見つけたわよー」
 その声を聞いて、ジェットが舌打ちをした。
「急ごう、ジェロニモ」
 階段を駆け登った。イワンの部屋の前まで走り込む。
 果たして、扉には二羽の小鳥が寄り添った小さなリースが掛かっていた。
「これがヒントか」
 ジェットがリースに手を触れる。少しずれたリースの影に、何かが見えた。
オレは、そっと扉に指を這わせる。そこに、ある筈のない小さな突起を感じ
た。剥がしてみると、薄くて小さい紙の包みだった。中から出てきたのはミ
ニディスク。確か、博士が改良したハンディビデオに使っていた物だ。
 ジェットが、オレの手の中を覗き込んで言う。
「これが、宝か。下で見てみよう。何が映っているか、楽しみだ」
 リビングに行くと、そこには、一枚の写真を手にしたフランソワーズが上
気した顔で立っていた。
「見て見て、この前みんなで撮った写真。これが、研究室のレントゲン装置
の中に隠してあったの。なんて処に隠すのかしら」
 本人は、文句を言っているつもりだろうが、とてもそうは見えない。
 その傍で、張々湖とギルモア博士が頷きあっている。
「ボトルシップとは、恐れいったアル。いつの間に作ったアルか」
「まったくじゃ。いつの間に、リビングに飾ったんだか」
 そこへ、グレートとピュンマが入ってきた。
「諸君、日頃から、観察を怠ってはいけませんぞ」
「危うく騙されるところだったよ。紫水晶って、裏は石そのものだね」
 ピュンマは、その手に紫水晶の原石のかけらを握っていた。
「そうだろう。俺もジェロニモに見せてもらったときは驚いたぜ。なんでも、
大きな岩の中にできるんだってよ、紫水晶って奴は」
 ジェットの言葉に、オレは思わず吹き出した。
「晶洞というんだ。水晶は空洞の中に出来やすい。その石は玄武岩の空洞に
できた物」
 台所で、ジョーの叫び声がした。
 オレとジェットが覗きにいくと、ジョーとハインヒリが、宙に浮かぶイワ
ンとその下のテーブルを挟むように向かいあって立っていた。
 ジェットが声をかける。
「何してんだ」
 振り向いたジョーは涙目だ。
「ジェット、ジェロニモ。いい処へ。イワン、かまわないだろう」
(ずるしないなら、いいよ)
 会話の下のテーブルを見ると、大小様々の器が並んでいた。その中身は、
黄色、茶色、黒色、緑色、紅色。プリンのようだ。
「ジェット、ジェロニモ、頼むよ、食べて」
 ジョーが潤んだ目で、緑のプリンをオレとジェットに差し出した。ジェッ
トは大きい方、オレは小さい方を受け取る。スプーンで一掬い食べてみると、
甘くて抹茶の味もする。
「うわあっ。みず。水くれ」
 ジェットが叫び、ハインリヒが差し出したグラスの水を飲み干す。
 ジョーが溜め息まじりに言った。
「やっぱり、山葵だったんだ」
「わかってんなら、先に言えよ」
「わからなかったから、食べてもらったんじゃないか」
「ジョー、お前っ」
「僕だって胡椒入りのを食べたんだ」
 力説するジョーの頭の上から、イワンのテレパシーが響く。
(ジェット、ジェロニモ。口をつけたら全部食べるんだよ。フランソワーズ
とボクが、大好きなみんなのために作ったんだから)
「何で、こんな変なモン作ったんだあ」
 ジェットが叫び続ける間に、オレは抹茶プリンを食べ終えた。
「これだ」
 ハインリヒが、器を一つ見せてくれた。底に『い』という文字が見える。
「器の底の文字が、宝物なんだそうだ」
「なにい」
「どの器に書いてあるかわからん上に、全部食えとぬかしやがる」
 尚も叫び続けるジェットを残して、オレはギルモア博士のところへ戻った。
捜し出したディスクを見せる。
「博士、これ、見てみたい。いいだろうか」
「ああ、かまわんよ」
 ピュンマがビデオをセットしてくれた。映っていたのは、ジョーとイワン
の姿。イワンは手に、彫刻刀を持っている。
「ジョーが大学の課題で、木彫りの鳥を作っているところを撮ったんだよ」
 博士が、説明してくれた。
「例によって、イワンが邪魔しての」
 嬉しそうに話す博士の後ろで、フランソワーズが笑っている。
「出来上がった鳥を、とうとう自分のものにしてしまったわい」
 気がつくと、フランソワーズに見とれていた。彼女は、青空が浮かぶ窓を
背にして微笑んでいる。さらに気がつけば、グレートも張々湖もピュンマも
彼女を見つめていた。
 そうなのだ。いつからか、フランソワーズは、とてもいい顔をするように
なった。最初はジョーの傍で、それからこの頃は、彼がいなくても、いや、
誰といても素晴らしい笑顔を見せてくれるようになった。
 それは、何故なのか。
 聞かなくても、言わなくても、わかる気がする。そして、それを考えるた
びに、オレの胸にかすかな痛みが走り。
 どんなに喜ばしいことでも、家族の有り様が変わるのは、切ないものだ。
  笑顔のあふれるリビングとは反対に、台所からは大声が響いてくる。
「大体、何で宝物が文字なんだよ」
(大切な何かが、形あるものとは限らないだろう)
「ジョー、また見つかった。『す』だ」
「これで見つかったのは、『だ』と『い』と『す』だね。ジェットもがんば
れ」
「何で俺が食べなきゃならないんだ」
 そうだな。さっさとこっちへ来ればいいものを。
 グレートがさりげなく、ビデオの音量を大きくした。





            「青空ゲーム」 009狂想曲 第十一番 終

                         (C)飛鳥 2003.9.4.