009狂想曲 第一番

 

11月 黄葉〜もみじ〜

 

 黄色の葉っぱの銀杏並木が続く、この道は、都心の大学の構内にあった。まっすぐ
数十メートルも続く小道の両側に、大きな銀杏が並び、空はもちろん、地面も黄色の
落葉でうまっていた。
 普段は学生しか通らない並木道に、今日、恋人のジョーが連れてきてくれたのは、
週に一度の講義の聴講のためだった。イワンのたっての頼みで、彼が聴講生の手続き
をとって、小型カメラでこっそり講義をイワンに見せている。いつもは、ギルモア邸
で博士と一緒に見ているのだけれど、今日は、ジョーがどうしても、と言うので、四
人でここにやって来た。
 早めに大学について、外来用の駐車場に車をとめると、ジョーはとてもうれしそう
だった。
  駐車場を出て、建物の陰を曲がると、そこは一面の黄葉色。
「銀杏黄葉だよ。そろそろだな、と思って。見せてあげたかったんだ」
 わたしの腕の中で、イワンが歓声を上げた。
 博士が、目を細めて頷いている。
 わたしは、何故だか急に胸が熱くなって、涙が出そうになった。
「この中を歩こうよ。まだ講義には時間があるから」
 朝一番の講義ということもあって、並木道には、わたしたち以外に人はいない。歩
きだすと、建物の間から陽が差し込み、黄葉が透けて輝きだした。
 上ばかり見て歩いていたら、何か柔らかい物を踏んでしまった。靴底が滑る感覚が
して、驚いた。
「銀杏の実だよ。ここは、雌株も一緒に並んでいるから」
 ジョーが教えてくれた。
 街路樹には、雄株ばかり植えられるそうだけど、この大学は、もともと雑木林をひ
らいたところだそうで、できるだけ、自然樹木を残していると言う。
 ついでに、講義室も覗きに行った。イワンは、誰もいない室内を一回りして、
ジョーに今日は何処の席へ坐るか指示している。きっと、カメラの角度を考えている
のね。ジョーが、ちょっと困った顔をしているわ。
 しばらくして、学生のグループが入ってきたので、わたしたちの見学は終わった。
ジョーは、そのまま部屋に残り、わたしとギルモア博士はイワンを連れて外へ出た。
後ろで、わたしたちの事を尋ねている声がしている。ジョーは何て答えるのかしら。
 気がつくと、ギルモア博士が、わたしの事を笑顔で見ている。イワンもわたしの腕
の中で、わたしの顔を見つめていた。いやね。顔が赤くなっちゃうじゃない。
 講義が始まると、イワンも博士も、車の中で身動き一つしないで、ジョーの小型カ
メラから送られてくる画像を見つめていた。一緒に見ていたわたしは、諦めて外へ出
た。講義内容は植物学で、光合成の事。それが、化石燃料に代わるエネルギーを生み
出すシステムなんとかで、どうも、植物学の知識だけじゃ、ついていけそうもない内
容だった。ジョーは、一体どんな顔をして聴いていることやら。
 外に出ると、自然と足は銀杏並木に向いていた。駐車場からは、建物の陰になって
いて、並木が見えない。だからこそ、こうして角を曲がった時にあらわれる、金色の
世界に、思わず感嘆の声を上げてしまう。そして、感動を覚えるのは、わたしだけで
はないらしい。後ろから来た人も、歓声を上げていた。前から歩いてくる人も、上を
ずっと見ている。
 風が吹いて、黄葉が降ってきた。ひとひら、ふたひら、地面に落ちる。また、落ち
る。なんだか、とても懐かしい。
 不意に声が聞こえた。
「秋って、懐かしい感じがするよね」
 女の子の声だった。立ち止まるわたしの横を、二人連れの女の子が通り過ぎていく。
 わたしと同じ気持ち。
 そうね。とても懐かしいわ。
 この風の冷たさが。この光の色が。この世界が。
 わたしは、空を見上げた。青空は、金色の雲の上。そのすべてが懐かしい。
 わたしは、再び胸が熱くなり、震えだした。
「フランソワーズ」
 ジョーの声が、わたしを呼んでいた。銀杏並木の向こうから、ジョーがやって来る。
 もう、講義は終わったのかしら。わたし、そんなに長いこと、立ってたの?
「フランソワーズ」
 ジョーの声が、手の届くところまで近づいてきたら、我慢ができなくなったの。縋
りついて泣いてしまった。通りすがりの人がわたしたちの事を見てるけど、構わない。
今、思いっきり泣けば、大丈夫だから。きっと大丈夫だから。
 ジョーは、ずっと、わたしの事を抱きしめていてくれた。





                  「黄葉〜もみじ〜」009狂想曲 第一番  終


                       (C)飛鳥 2002.11.29