ファンタスティック・ブルー


きっとここだと思う。 ぼくらの仲間を助けてくれた赤ん坊がいるのは。その子の側には、男の人二人と、 女の人一人がいたそうだ。 彼らは、ぼくらの仲間のテレパシーを聞きつけて、助けに来てくれた。ぼくは、そ の仲間の代わりに、彼らにお礼をしに来たんだ。ちょうどこの近くを通りかかったら、 仲間に頼まれてね。何しろ、この星は未発達で、彼らの時間は、ぼくらより回転が速 いと言う話だから。仲間がお礼をしに戻ってくるころには、彼らは世代交代をしてし まっているだろうと、物知りの学者が忠告をしてくれたんだ。 それでこうして出向いてきた訳だが、肝心の彼らの姿が見えない。わざわざ彼らが 住んでいる家までやってきたというのに。その家は、ぼくらの故郷に咲いている花と そっくりの花で埋もれていた。 何かが動いた。 ぼくの目は、花の中で動く生き物に注目する。 それは、赤ん坊だった。間違いない。赤ん坊だ。丸い頭に、小さな手足。胴体はス リムとは言えないけれど、さりとて太っている訳でもない。まあ、ぼくたちの美的感 覚からすれば、スタイル悪いけど。髪の色は、とてもきれいな光の色だった。 ねえ、君。 ぼくは呼びかける。 あの時は、ぼくらの仲間を助けてくれてありがとう。今日はお礼に来たんだ。 赤ん坊が、ぼくを見た。その瞳は、どこかで見たことのある、きれいな色だった。 でも、赤ん坊は、黙ったままだ。 忘れちゃったのか。無理もない。 ぼくは、お礼の品を、赤ん坊の目の前の地面に置いた。 これは、花の種だよ。ここに埋めるといい。香りのよいきれいな花が咲くよ。 この花は、ここらに咲いている花と形が良く似ているから、驚かれる心配はないだ ろう。 赤ん坊は、少し首を傾げて見せた。相変わらず何も言わない。しようがないな。 ぼくは、赤ん坊にわかるように、地面に穴を掘った。そこへ、花の種を入れるよう に、手招きをする。赤ん坊は、ぼくと穴とを見比べて、ニヤーと口許を歪ませると、 花の種を掴んで穴の中に落とし入れた。 これでよし。それじゃあね。 ぼくは、用事を済ませたから、さっさと帰ることにした。ぐずぐずしていると、ぼ くまで遅れちゃうからね。 気がつくと、家の中で、人の動く気配がしている。そっと覗くと、中には女が一人 と、男が二人、行ったり来たりしている。そのうち、女が窓から外を見て、何か叫ん だ。男が一人、扉を開けて飛び出してくる。花の中をかきわけて、あの赤ん坊の処へ 走っていった。 そこまで見たぼくは、時間ぎりぎりになったことに慌てて、帰路を急いだ。途中上 を見上げていて、気がついた。そうだ。この色だ。あの赤ん坊の瞳の色は、この色に そっくりだった。青いような緑のような、不思議な色。 それは、ちょうど、ぼくがお礼にあげた花の種と同じだ。こんな色の花が咲くんだ よ。楽しみにしていてよね。 「よかった。こんな処にいた」 バラの花の中から見出した愛し子を抱き上げると、彼は振り向いた。後ろから、彼 の妻と、もう一人の家族である少年が走ってくる。 「怪我はない?大丈夫?」 心配顔の妻に、彼は赤ん坊を渡した。バラの香りのする子どもを抱いて、彼女はよ うやく笑顔を見せた。 「眠っていると思っていたのに、いつの間に」 少年が、傍らで赤ん坊の顔を覗き込みながら言った。 「無事ならよかったね。でも、すごいなあ。ハイハイができるようになったばかりな のに」 「きっと自分で窓を開けて、出ていったんだよ。まったく。誰かさんに鍛えられてい るから、油断も隙もない」 「えー?ひどいよ。力はちゃんと制御できないと困るだろ。ほら、おいで。もう少し、 パパとママを困らせてやれ」 少年は赤ん坊を抱き取ると、バラの小径を駆けだした。 「あまり遠くへ行かないでよお」 彼女が困った顔をして横を見ると、彼は肩をすくめてみせた。 「すぐに戻ってくるよ。おやつの用意をして待っていよう」 「そうね」 ぎこちなく笑う彼女の肩を抱いて、彼は家の方へ歩きだした。 そんな彼らが、バラに似た青い花を見つけるのは、もう少し先の話。 ファンタスティック・ブルー  終 (C)飛鳥 2003.1.27.